【シンギュラリティ】人工知能は私たちを滅ぼすのか 計算機が神になる100年の物語 児玉 哲彦

こんばんわ、読書くんです。今回は人工知能あるある論争の一冊。

 

人工知能は私たちを滅ぼすのか―――計算機が神になる100年の物語

人工知能は私たちを滅ぼすのか―――計算機が神になる100年の物語

 

 

人工知能はどこにいきつくのか】
児玉氏は頓智ドット(現 tab)株式会社にて、ARアプリ「セカイカメラ」「tab」の設計と開発に従事。その後、フリービット株式会社にて、モバイルキャリア「フリービットモバイル」の端末およびサービスの開発に従事した人物。

頓知ドットといえばIT業界でも知ってる人はしっている、お騒がせ実業家 井口氏が創業した会社ですね笑 もうこりることなくなんども創業していますが、すごいのはなんだかんだ資金調達しちゃうこと。夢を語るのが上手いんでしょうねー。。。なんか株式会社tabのときの社員にあったことありますが、社員も口先はすごかったです笑

さて話題がそれましたが、人工知能の話に戻りましょう。
人間のようにイメージを作り出せるような計算を行う人工知能は、心と意識を持つ可能性があるり、心を持った人工知能は、私たち人間の時代を終わらせる最後の審判、シンギュラリティをもたらすと考えている方もいます。まあこれがまんまタイトルの呼びかけのないようですね。

とはいっても人工知能が三度脚光を浴びたのは割りと最近で、それはディープラーニングという新しい技術が生まれたことが発端でした(これは以前松尾氏の本の紹介で確か書いた)。

ディープラーニングは、人工知能が言葉や画像の意味を理解できるようにしました。とはいえちょっとこれは意訳すぎるので補足すると、人間が特段手を貸さずとも、猫は猫、犬は犬と認識できるようになったということですね。

Siriやワトソンなどこれまでの人工知能においては、言葉の持つ意味をどう解釈するかは、人間がシステムにプログラミングする必要がありましたが、人工知能が自分でデータから概念を学ぶ事ができれば、将来的には人の手を借りなくても人工知能が自分でどんどん賢くなる可能性が開かれたのです。

実際、言葉の認識などのテストにおいて、ディープラーニングを用いた人工知能はすでに平均的な人間の能力に肉薄しており、それを超えるのも時間の問題 ・コンピューターは人の助けがなくても、自分自身で学んで人間を超えるような能力を身につけられます。

ある意味人間はすでに人工知能に凌駕されている、っちゃされているんですよね。ただしばらくは超えられなんじゃないかなーって読書くんが思っているのはやっぱり「感情」です。もちろんそれっぽい感情を芽生えることはあると思いますが、殺したくなるほどの狂気、なんかは到底真似出来ないかと。だから人工知能が人間を滅ぼそう、よりも、人間が人工知能を駆逐しようという強い気持ちの方が先に芽生えると思っています。もしお互い芽生えるとしたら。なんて考える機会をもらうのに非常に良い一冊ですので、ぜひ手にとってみてください。
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ではではー