【ビジネス全般】「日本の経営」を創る 三枝匡・伊丹敬之

こんばんわ、読書くんです。今回はトップコンサルタントと学者さんがマクロを語る一冊。

 

「日本の経営」を創る

「日本の経営」を創る

 

 

【日本の経営の歴史を学ぶことは日本経済の今を知ること】
三枝匡氏は言わずとしれたスーパーコンサル。過去V字回復の経営、などの本も紹介したやつです。伊丹氏は一橋大学大学院商学研究科教授を務めるエリート。エリート×エリートによって語られる日本の経営について。

 

よく「中国は◯◯」「途上国は◯◯」なんていう、今一瞬を切り出して悲観的に話す人がいますが、歴史から学ぶことが大事だよなと。
例えば戦後、日本は安かろう悪かろう、とアメリカに見られていたといいます。今の中国のようなイメージですね。

しかし70年代から日本の経営に学ぶべき、という日本経営ブームが起きたのです。日本は73年の第一次オイルショックにきちんと対応できた為、他の国より打撃が少なく、調子も良くなっていった。1979年、エズラ・ヴォーゲルのジャパン・アズ・ナンバーワンが刊行。日本経営に関する多くの本が出はじめました。

 

じゃあなぜ日本経済はどんどん弱くなっっていたのか。これは80年代後半、日本は鍛えられていない人たちが経営者になってくる企業の比率が高くなってダメになっていったことが原因だと。よくベンチャーが若者の世界だ!という人がいますが、それはとんでもない誤解であり、あれはプロ経営者の世界である、と著者はいいます。

確かに直近ベンチャーがもてはやされていますが、本当に伸びているのは経験豊富な猛者たちや、起業経験がある人たちばかり。鳴り物入りで学生から起業して日本を代表するような企業を作れている人などほぼほぼいないのが現状です。(そう思うとザッカーバーグとかは化物ですね!)

 

日本経営は3つのステージを進んできたといいます。
①日本が米国のマネを続けた時代。1970年代まで。②米国が日本から学ぼうとした。80年代。③90年代から、日本の凋落と米国の復活。

 

そんな中、三枝氏は、ミスミが創業から40年かかった売上高500億円を、六年間で2.6倍にしました。ミスミ事業モデルを刷新し、多角化事業を整理し、海外展開。「創って、作って、売る」のサイクルを一体化して強化。商社なのにメーカー機能にまで手を出していったとのこと。

三枝氏が参画した時、ミスミには既に、少人数のチームに事業責任を持たせる組織は存在していた。しかし、チマチマ病とバラバラ病が起きていて、弊害があったと。事業チーム毎に大きな戦略を描かせ、チマチマ病を改善。かつ全体を経営陣が把握、統括してバラバラを防いだといいます。

 

これ文字面だけだと相当簡単ですが、実際自分の組織が上記の状況になっていることって多々ありますよね。この状況、相当しんどくないですか?笑 ここで第三者、いわゆるコンサルをいれて改革してもらうのは良く打つ手ですが、本当にこの状況を変えられるコンサルは数少ないと思います。すご腕の三枝氏だからこそできた仕事ですし、こうやって色々な企業を見てきた三枝氏だからこそ、マクロで日本経済について語れるんだろうなあという本でした。

この他有益な情報が多々詰まっていますので、ぜひ一読を!ではではー